子ども時代の私とゲーム

任天堂のファミリーコンピューターが発売されたのは、ちょうど私が小学校一年生のときでした。当初はまだ持っている子が少なくて、ファミコンのある家に友人数人で押しかけて交代でゲームをしていた記憶があります。
 いま思えば、私が低学年の頃くらいまではどちらかというと複数でプレイするゲームが多かったように思います。そうでなければ交代で遊べるゲームでした。そうした傾向から一人遊びへと変わっていったのは、もしかするとドラゴンクエストの登場によるところが大きいのかもしれません。 
 しかし、当時のテレビゲームは“目が悪くなる”“外で遊ぶ機会が減る”という批判が多くて、親たちからは毛嫌いされることが多かったように思います。そのため、テレビゲームを買ってもらえない家庭も少なくありませんでしたし、持っている場合でもプレイ時間を親から決められているという子がほとんどでした。
 また、当時は一般家庭におけるテレビの設置台数が現在ほど多くはなく、家族の居間に一台という家庭が多かったため、基本的に日中にしかゲームをすることができませんでした。
 ところで、我が家ではなぜか任天堂のファミコンを買ってもらうことができませんでした。どうも画質を問題視していたようで、代わりにパソコン(PC9801シリーズやMSXシリーズ)でゲームをしていました。少数派ではありましたが、同様の友達も数人はいました。私がようやくゲーム機を買ってもらったのはバブル最盛期のことで、私が高学年になったときのことでした。直接のきっかけは両親が忙しくなったことだったと思います。
 その頃にはファミコンは既にツインファミコンの時代でしたが、私は迷った結果NECのPCエンジンというゲーム機を買いました。このゲーム機は当時としては画質が良く、ゲームソフトがカードタイプという画期的なものでした。NECといことで親を説得しやすかったこともありました。しかし、このゲーム機を持っている友人はほとんどおらず、身近には私とあと一人だけでしたので、結局あまり熱中することなく終わってしまいました。

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